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住めば都であり楽園にもなる

Abe Ayaka
檜枝岐村出身、江戸時代から270年以上伝わる村民が演じる村民のための歌舞伎、福島県指定重要無形民俗文化財「檜枝岐歌舞伎」千葉之家花駒座の一員として、裏方から役者までを担い、次の世代に繋いでいく

270年以上続く檜枝岐村の伝統芸能「檜枝岐歌舞伎」

尾瀬の玄関口として知られる檜枝岐村———。

人口は500人程度の小さな村であり、「山人(やもうど)料理」と呼ばれる伝統食や村内全域に引いて温泉などが有名な土地です。

檜枝岐村にある温泉特産事業所で働く阿部彩夏さんは、普段は「アルザ尾瀬の郷」や「尾瀬の郷交流センター」で受付業務や事務作業などの仕事や、食堂や売店での販売業務を担っています。

そんな阿部さんにはもう一つの顔があります。

「檜枝岐村では、『檜枝岐歌舞伎』がとても有名で、私も実は『千葉之家花駒座』という檜枝岐歌舞伎の座員として活動しているんです」

阿部さんは、檜枝岐村で270年以上続くとされる伝統芸能「檜枝岐歌舞伎」の千葉之家花駒座の座員としても活動しているそうで、座員になったきっかけや今後について話してくれた。

「裏方」から「演者」へ

以前は南会津町で仕事をしていたと話す阿部さん。

「南会津町で働いていたんですが、契約期間が満了したので一度地元に帰ろうかなと思い戻ってきました。今の職場である温泉特産事業所には、村の方から「人手が足りなくなるから働かないか」ということでお声がけいただき、働かせていただいています」

元々檜枝岐村出身の阿部さん。南会津町から村に戻ることになり、檜枝岐歌舞伎の座員に加わるようになったきっかけについて、「気楽な気持ちで入った」と話す。

「24歳の時に、座員の方から『裏方として入らないか』と誘われたことがきっかけです。裏方だったら役に立つならいいかなと思って結構気楽な気持ちで入りました。

でも1月新春の顔合わせの時に台本が渡された時はすごくびっくりしました(笑)。もちろん(演者として)やっていくと思っていなかったのですごくびっくりしたのもありますし、いざやるとなると『ちゃんとできるのかな』っていう不安はすごくありましたね」

裏方として座員の一員になった阿部さんは、気付いたら演者を任されるようになってしまった経緯を笑いながら話してくれました。

神様に捧げる“奉納歌舞伎”として行われてきた檜枝岐歌舞伎ですが、江戸で歌舞伎を観劇した農民が、見よう見まねで村に伝えたのがはじまりとされています。阿部さんたち座員の皆さんは年に数回行われる公演(5月の愛宕神社祭礼、8月の鎮守神社祭礼ほか)に向け、2月から練習をスタートするそうです。

「裏方として入ったのがきっかけですが、演者としてやっていくからには練習は欠かせません。公演に向けて、練習は夜の7時から9時頃まで行います。公演前になると毎日のように練習しますが、練習していくうちに結構課題が見つかるので、当日まで不安なまま過ごしています。

初舞台の時も毎日いっぱいいっぱいで不安ばかりでした。初舞台で覚えているのは『無事に終わって良かったな』というほっとした記憶しかないです。ただ、見に来てくれたお客様が拍手をしてくれた時がやっぱり1番嬉しいですし、やってよかったと思える瞬間ですね」

檜枝岐歌舞伎の演者として阿部さんが大事にしているのが、セリフや表情、所作を意識した「一 口上、二 眼、三 振り」だと話す。

「私が目標としているのは綺麗に見せる歌舞伎です。先輩方の口上や振りはとてもしなやかですごく憧れます。私はまだ覚えることにいっぱいいっぱいになってしまってすごく硬い動きになっているので、見に来て良かったなって感動してもらえるような演技ができるようになりたいです」

地域によって何を目的に来ているかに地域性や奥会津らしさがある

冬は極寒の地となり、積雪が多いことで知られる檜枝岐村だが、「寒い地域だけど温かい環境が幸せ」であると阿部さんは語る。

「南会津町で1人暮らしをしている時、知り合いも少なくてすごく寂しい想いをすることがありました。日常に追われていて、自分に余裕がなかったなって思います。檜枝岐村に戻ってきて、温かい環境で生活できていることがすごく幸せだなって感じます。

雪が多い面ではすごく不便なんですけど、それ以外にあまり不便に感じることはないかなと思います。分からないことがあっても誰かに頼れば絶対助けてくれるんです」

さらに続けて、「その地域にはその地域の良さがある」と話す。

「その地域ごとにそれぞれの特色や暮らし、文化があることが奥会津らしいところかと思います。檜枝岐村で言えば登山やハイキング、裁ちそば(※)やはっとう(※)などの食べ物とか、檜枝岐歌舞伎ももちろんそうだと思います。その地域、自分たちなりの生活ができる環境が奥会津だと思います」


※裁ちそば…檜枝岐村の郷土料理。製法が独特で、生そばを2ミリほどの厚さに伸ばし、何枚か重ね、手を定規のように当てて、布を裁つように切ることからその名が付いたとされる。
※はっとう…山人料理の一つ。昔、高貴な方があまりの美味しさに村人が食べることを「ご法度」にしたことからその名が付いたとされる。そば粉と餅米粉を熱湯でこねて成型して茹で、エゴマをまぶしたお餅のこと

住めば都でもあり、楽園にもなる

その地域ごとの良さについて語ってくれた阿部さんは、最後にいまの暮らしについてこう話してくれた。

「いろいろ不便なところはあるかもしれないけど、その地域に適応して暮らしているからみんな不便とも感じていないし、不便になれるというか当たり前の感覚なんだと思います。不便に感じていないので自分なりに生活のしやすさを見つけていて、田舎の暮らしを楽しんでいるかな、と思っています。

檜枝岐村の子どもたちは村での生活に満足している話を聞いたことがあります。その満足できている環境っていうものをこれからも守っていけたらと思います。檜枝岐村は私にとっては住めば都、ある意味楽園なのかなと思っています」

ひょんなことから、伝統歌舞伎の演者を務めることとなった阿部さん。
歌舞伎を通じて伝統を繋ぎ、そして檜枝岐村を守りたいという想いは、今後100年先も紡がれていくことだろう。


動画では、ここで紹介した以外にもご自身の仕事の魅力や大切にされていること、奥会津の暮らしの好きなところなどさらに詳しいインタビューも収録。ぜひご覧ください。
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