loader image
Close
file29

少ない欲でも足りていることを知る

月光寺 副住職
Fujita Akina
柳津町出身。真言宗豊山派「月光寺」副住職。
大学で仏教を学び、卒業後はご詠歌の資格を取得。「少欲知足」の精神で、ご詠歌の会、写仏の会、写経の会の活動を継続中。手話で法話ができる僧侶を目指している。

お寺の存在が地域にとってあるべきものであると思えた

柳津町にある真言宗豊山派月光寺の副住職を務める藤田さん。16歳のときに得度式(※)を行い、法名(僧名)として「明愛(みょうあい)」を授かることになりました。藤田さんは僧侶になる決心をした理由についてこう話します。

「父が寺の住職をしており、そのイメージが昔から強かったんです。僧侶の仕事をしている父の姿を身近に見ていて、やっぱりこの地域の人との繋がりっていうのがとても深い職業だなという風に見ておりました。

お寺に出入りしていたたくさんの地域の方と触れ合ったり、お話しする機会がとても多くて、その中でやっぱり私も将来的には父のような僧侶になって地域の人のために何か役に立ちたいという想いが強くなりました」

お姉さんと二人姉妹の藤田さんは、二人で相談して僧侶になることを決意します。

※仏教において僧侶となるための儀式

辛い修行期間と東日本大震災を経て

仏教を学ぶため、東京の大学へと進学することとなった藤田さん。女性でありながら僧侶となる決意をした藤田さんであったが、「同じ境遇の同級生たちとの絆が強く深まった」と話す。

「大学で4年間仏教の勉強をしていかないといけなかったんですけど、その時に私と同じように女性でありながらも自分の家を継ぐために入学をしてきたという女性も何人かいらっしゃいました。仲良くなるうちに絆が強く深まり、辛い修行も耐えて第一歩を歩み始めることができました」

卒業後は僧侶の資格を取り、知人のお寺で勤めていたという藤田さん。「父が元気なうちに、きちんとお寺のことを教えてもらいたい」という想いを胸に、将来的には家を継ぐ決断をしていた藤田さんは、30歳を区切りに地元柳津町へ帰ることとなります。

そのような矢先に藤田さんが大きな影響を受けた出来事がある。2011年3月11日に東北地方太平洋沖で発生した「東日本大震災」である。
柳津町にも避難者の受け入れを行っていたため、震災の話を伺う機会があったそう。

「たくさん震災の話を被災者の方から聞いた時に、やはり私も地元のために何かできることがあればっていう想いがさらに強くなって、早く地元に帰ろうっていう気持ちが強くなりました」

少ない欲でも足りていることを知る

「田舎はほっとしますよね」

地元での生活について、藤田さんは都会との生活と比較してこう話してくれた。

「もともとは都会生活への憧れがあったんです。学生の頃は毎日早起きだし、帰りはいつも部活で遅くなるため21時頃だったので、都会暮らしっていうのにすごい憧れていました。24時間開いているスーパーやコンビニ、たくさんの商業施設があり、田舎にはないものっていうのがとても新鮮だったし、すごく魅力的でした。

でも、都会の暮らしは便利なものがたくさんあるんですけど、同じアパートにどんな人が住んでいるか分からないし、みんな他人のようで『さみしいな』という気持ちになりました。電車も奥会津と違って数分に一度は来るので、のんびり落ち着いてというより、時間に追われている感覚が強かったです」

都会での生活は便利な分「自分のペースで生活するのが難しかった」と藤田さんは話す。

「時間に追われずに自分の時間を過ごせているっていうのは今の自分にすごく合っているのかなっていう風に思いながら今は生活しています」

田舎での暮らしと都会での暮らしは、どうしても「不便さ」が目立ってしまうと藤田さんは話す。

「私の好きな言葉で『少欲知足』という仏教の言葉があります。限りがない人間の欲ですが、満たされてしまうとさらに欲してしまうんです。そうではなくて、自分が今置かれた環境で、すでに足りているということを知ってコントロールしていくことが重要なんです。

都会に暮らしているから幸せであるとか、田舎暮らしだから幸せではないかって言ったら一概にはそうは言えないと思うんですよね。『有り難い』という言葉も同じで、難しいことが有るからこそ、その有り難みに気付けるんじゃないかな」

「ご縁」を大切にし、一人ひとりが輝ける町に

3歳になるお子さんを育てる藤田さんは、豊かな自然の中で暮らせる有り難さについても語ってくれた。

「こんなに四季がはっきりしている環境で育つことができることは、当たり前のようで当たり前ではないんですよね。子どもには四季の花々であったり、自然になるべく多く触れてもらって、地元の良さ、都会にはない自然の豊かさ、そういったものを感じながら地元を好きになってもらえたら有り難いです」

都会での生活を経験したからこそ、藤田さんは「ご縁を大切にしてほしい」と言う。

「都会の生活をして改めてこの地元の良さが分かりました。そういう経験をした時に人と人との出会いが大切であり、尊いものだということを再確認できました」

地元の良さを肌で感じた藤田さんは「地元をこれからもっと若い人たちが活躍できるような地域にしていきたい」と話す。

「私たちがこれから奥会津で長く生活する上で、若い人が輝ける地域を作るということはすごく大事なんじゃないかなと思います。たくさんいろんな経験をして、また地元に帰ってくるとなった時に、この町が『魅力的な町だから帰る』という風になってほしいですね」

「置き去りにしない」ための法話を目指して

藤田さんは、月に数回 ≪ご詠歌の会≫ や ≪写経と写仏の会≫ という催しを開催しているそう。その理由について藤田さんはこう話す。

「もちろん仏様のご供養をするっていうのはもちろんあります。ただそれ以外にも息抜きや談笑の場として、皆さんが集まれる場所作りをしていきたいと思っています」

地域の方との交流を深めることを大切にしている藤田さんは、さらに続けて今後の目標をこう語ってくれた。

「私の夢ではあるんですけど、手話で法話ができる僧侶になるっていうのが私の夢です。聴覚障害や、その他様々な障害がある方にも仏教を分かりやすくお伝えしていけたらと思っています」

「幸せはいつも自分の心が決める——。」

一人ひとりの声に耳を傾け、「置き去りにしない」法話を目指す藤田さんは、今日もまた親しみやすい僧侶となるべく、修行を続けている。


動画では、ここで紹介した以外にもご自身の仕事の魅力や大切にされていること、奥会津の暮らしの好きなところなどさらに詳しいインタビューも収録。ぜひご覧ください。
play