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「ときどき、大人を休みたい」が
私にとって宝物

タカコモンズ株式会社 代表取締役
Imai Takako
福島市出身、26年間のアメリカ生活を経て、三島町に移住。情報発信・インバウンドを担当する地域おこし協力隊を経て、一棟貸ヴィレッヂをオープン。タカコモンズ株式会社 · 代表取締役

静けさの中で「大人を休める」贅沢なひとときを

奥会津で1日1組限定の宿泊施設「一棟貸ヴィレッヂ」を営む今井隆子さん。「かわべり棟」と「ほんそん棟」の2棟は大人限定。大人が求める快適さを用意している宿だ。只見川のほとり、木材のあたたかな素材を生かしたヴィレッヂの窓から奥会津の木々を眺めていると、自然と心が静まっていく――。

アメリカンドリームを叶えた後、雪景色の奥会津へ移住

福島市で生まれ育った今井さんは、ニューヨーク留学をきっかけにグリーンカード(アメリカ合衆国の永住権)を取得し、合計26年ほどアメリカで仕事をした。

「ニューヨークに8年、ラスベガスに2年、その後ロサンゼルスに16年ほど滞在しました。最終的には日系企業でCFO(最高財務責任者)をし、会社の経営にも関わりました。会社が右肩上がりに成長していくタイミングでもあり、まさにアメリカンドリームのような体験ができたんです」

今井さんはアメリカでどんな暮らしを送っていたのだろう。
「海が見える家に住み、おいしいものも食べて、本当に恵まれた暮らしをしていました。アメリカは学歴やコネなど関係なく、頑張れば頑張るほど評価されます。それを身をもって体験することができました」

一方で、アメリカの企業の厳しさも味わったという。
「日本の企業と異なる点は、いつ必要なくなってクビになるかはわからないという危うさがあることです。会社を大きくしていくために、私自身がそうしたことを告げなければいけない立場も経験しました。

優秀な若い人たちがどんどん入社してくる中で、次第に自分はこれ以上伸びしろはないのではないかとも感じるようになっていきます。限界を感じながらも、自分から辞めて日本に帰ってきても、ある程度の年齢で突然飛び込める企業は少ない。現在の生活を自ら手放すのは勇気がいることです。アメリカの地で、迷い続ける日々を送っていました……」

これからの人生をどう過ごしていくか。いろいろと考えながらも、今井さんは「日本に戻りたい」という思いを持ち続けていたと語る。
「日本に戻るならば、本当に素朴な田舎での暮らしをしてみたいと思っていました。インターネットで調べていくと、偶然、会津を紹介している動画に出会います。全国の自治体が集まって運営している移住コーディネート機関にメールで問い合わせると、福島県採用で奥会津7町村のインバウンドを担当する『奥会津 地域おこし協力隊』を募集していることがわかりました。そして、窓口の方から私の経験を鑑みて応募してみることを勧められたんです」

移住に際しては、雪国で暮らしていくことができるかということが気がかりだったと、今井さんは語る。そこで、実際に体験してみようと奥会津へ足をのばした。
「冬に東京本社への出張があったので、その機会と絡めて奥会津を訪れました。そうしたら、この場所の雪景色に一瞬で心を奪われてしまって……! 『きっとなんとかなる』と直感的に思い、アメリカに戻ってすぐに会社を辞めて3か月後には飛んできていました」

川霧の幻想的な風景に心奪われる

長年アメリカで暮らしてきた今井さんは、現在、奥会津の暮らしのどのような点に魅力を感じているのだろう。

「奥会津ですごくいいなと思っているのが、シンプルにこの景色です。『かわべり棟』から見える杉の木がクリスマスツリーのようで可愛いんですよ」

四季の移ろいとともに、見える景色は大きく変わっていく。
「『雪国の春はすごい』と噂には聞いていましたが、本当に素晴らしいんです。ヴィレッヂの下に遊歩道がありますが、そこにいろいろな植物が芽ぶいて、生命力を感じさせてくれます。あれだけの雪の重みに耐えてきちんと次の年に生えてくる。大きなパワーがみなぎるのが奥会津の春なのです。

夏になると、川霧が朝と夕にモクモクとかかります。ここは霧幻峡と呼ばれている全国的にも有名なスポットで、その景色はまさに幻想的です。

秋は一面の紅葉が広がります。そして、冬は雪景色が本当に素晴らしくて。私が最初に惚れ込んだ景観なので、たくさんの方に見ていただきたいですね」

この奥会津の自然に魅了されたのは今井さんだけではない。「一棟貸ヴィレッヂ」に一度訪れると、リピーターになってくださるお客様が多いという。

「私と同じ年代の大人の方が訪れていただけるよう、『自身がこういうのがあったらいいな』という基準を軸に宿の環境を作っています。普段都会でバリバリお仕事をしていたり、海外で勤務していたりする方々が訪れて、ほっとする一時を過ごしてほしいと思っています。

実際に訪れる方々も窓辺に腰かけて、『どこにも行きたくないし、飽きない』とおっしゃています。『毎日カーテンを開ける度にどんどん景色が変わっていき、まったく見飽きません』と言ってくださる。毎月のように1週間ほど滞在する方がいるほどです。大人を休む。何もしない静かな時間をこの場所で堪能してほしいと思います」

「地域のために」から「自分が楽しむ」へと在り方を更新

奥会津に移住して時を経る中で、今井さんは地域に対する思いを少しずつ更新させていったという。
「もともと地域おこし協力隊としてこの奥会津に移住したので、最初の段階では『地域のため』というのが私の命題でした。しかし、2年程経ち『一棟貸ヴィレッヂ』を開くと、自分の中で『地域のため』という言葉がプレッシャーというか、おこがましいと感じるようになっていきます。振り返ると、地域のために活動をしていたときはどんどん肩に力が入り、空回りしていました。

追い詰められて私が行き着いたのは、『自分が楽しむ』という在り方です。『地域のために』ではなく、自分がしたいと思うことを無理せずにやっていこうと思うようになっていきました。自分のコンセプトに基づいて宿泊業を営んでいった結果、人の流れを生んで、地域にプラスになればいいと考えるようになっていったのです」

大人を休み、ゆったりと「これから」を考えられる場所

「一棟貸ヴィレッヂ」のコンセプトは、「ときどき、大人を休みたい」。「この言葉は私の宝物なんです」と今井さんは目を細める。

「アメリカで一緒に過ごしていた日本人の友人はみんな口々に『最後は日本で過ごしたい』と語ります。ただ、私と同様、帰るタイミングが難しい。『どこに住んでどうしたらいいだろう』と悩んでいる方に向けて、私は経験者なので『いらっしゃい』と迎え入れられる場所を作っていきたいと考えています。お試し移住の国外バージョン、あるいはグローバルUターンともいえるかもしれませんが、そのお手伝いをしていきたいです。その結果、1人でも2人でもここに移住してくれたら、私も価値観を共有できますし、仲間のような人が増えて心強いです」

最近では、女性の一人旅の方が「一棟貸ヴィレッヂ」をよく訪れるという。
「漠然とした将来への不安を抱えていたり移住について考えていたりする方がいらっしゃるようになりました。そうした方に、私もできる限りいろいろなお話をさせていただいています。そうした方々の何か少しでもお役に立ちたいなと思います」

好奇心に身を任せることで見える世界

「偉そうなことは何も言えませんが……」と前置きし、今井さんは子どもや若者たちは、多様な体験を積むとよいのではないか語る。

「海外に住む機会があれば、実際に飛び込んでみるのもよいのではないかと思います。テレビやインターネットで情報はあふれていますが、暮らしてみるとまったく印象が変わります。海外から自分が生まれ育った地域を見直すことで新たな気づきも得られるでしょう。そこで体験したことをこちらで活かすことができたら、奥会津がもっともっと若い人が集まりたくなるような場所になっていくと思います」

今井さんはこれまで新たな場所に飛び込むとき、どんな思いを胸に抱いていたのだろう。
「好奇心を持ったらまずやってみるということです。今までずっと『やらないで後悔するよりもやって後悔した方がいい』という思いで、挑戦してきました。いろいろなことがありましたが、おかげで人の何倍も豊かな経験ができたと感じています。今、この素晴らしい場所に落ち着けたのも、この姿勢があったからだと思います」

朝昼晩で移りゆく自然を五感で感じる。そんな贅沢な時間を味わうことができる「一棟貸ヴィレッヂ」は、今日も静かに心を休めたい大人たちを待っている。
動画では、ここで紹介した以外にもご自身の仕事の魅力や大切にされていること、奥会津の暮らしの好きなところなどさらに詳しいインタビューも収録。ぜひご覧ください。
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